WEST.のメンバーとして活躍する中間淳太(なかま じゅんた)さん。
日本語だけでなく中国語や英語にも親しみ、台湾のテレビ番組や観光関連の仕事でも活躍しています。
そんな中間さんについて、ネット上では「ハーフなの?」「台湾人なの?」「クォーターという話もあるけど本当?」と気になっている人も多いようです。
結論からいうと、中間淳太さんは台湾人の父親と日本人の母親を持つハーフです。
しかし、実は中間さん自身も、以前は自分のことをクォーターだと思っていたという意外なエピソードがあります。
さらに、母親は日本人でありながら台湾で育ち、中国語が非常に堪能なのだとか。
今回は、中間淳太さんのルーツについて、両親や祖父母の出身、クォーター説の真相、台湾での生活、中国語や英語が話せる理由まで詳しく紹介します。
中間淳太は台湾と日本のハーフ!父親と母親の国籍は?
中間淳太さんは、台湾人の父親と日本人の母親を持つハーフです。
このことは本人が複数のインタビューやテレビ番組で明かしています。
2025年10月21日放送の日本テレビ系『上田と女がDEEPに吠える夜』でも、自身が日本と台湾のハーフであることを説明しました。
父親と母親のルーツをまとめると、以下のようになります。
| 家族 | ルーツ |
|---|---|
| 父親 | 台湾人 |
| 母親 | 日本人(台湾育ち) |
| 中間淳太 | 台湾人の父親と日本人の母親を持つハーフ |
| 弟 | 同じ両親を持つ3歳年下の弟 |
中間さんは1987年10月21日生まれで、出身地は兵庫県です。
日本で生まれ育った時期もありますが、幼少期には約6年間台湾で生活していました。
そのため、日本と台湾の両方の文化に親しんでいることが特徴です。
なお、ハーフという言葉は両親のルーツを表すもので、本人の法的な国籍とは必ずしも同じではありません。
中間さんの現在の法的な国籍については、今回確認した公式プロフィールやインタビューでは明確な記載が見つかっていません。
中間淳太は元々クォーターだと思っていた?23歳ごろに発覚した真相
中間淳太さんのルーツについて特に興味深いのが、自分がハーフだと知ったのは大人になってからだったという話です。
2015年の雑誌『Myojo』4月号に掲載された「10000字インタビュー」で、このエピソードが明かされました。
父方の祖父も台湾人だった!
中間さんは以前、父方の祖母が台湾人で、祖父は日本人だと思っていたそうです。
そのため、自身も日本と台湾のクォーターだと認識していました。
ところが、インタビューの2〜3年前、父方の祖父も台湾人だったことが判明したといいます。
つまり、父方の祖父母はどちらも台湾人で、父親が台湾人、日本人の母親との間に生まれた中間さんはハーフだったのです。
本人にとっても、これは驚きの事実だったようです。
それまでクォーターだと思っていたのに、家族のルーツを知ることでハーフだと判明したというのは、なかなか珍しいエピソードですよね。
当時、この発言を受けてファンの間でも驚きの声が上がったことが報じられています。
参考:ジャニーズ研究会「『実はハーフ』中間淳太が知られざる真実を告白」
ハーフとクォーターの違いは?
一般的に、ハーフとクォーターは次のような意味で使われています。
- ハーフ:両親がそれぞれ異なる国・地域などにルーツを持つ人
- クォーター:祖父母のうち1人が異なる国・地域などにルーツを持つ人
ただし、実際の家族のルーツはもっと多様であり、必ずしも単純な割合で表せるものではありません。
中間さんについては、本人が「ハーフ」と説明しているため、本記事でもその表現を使用しています。
中間淳太の母親は日本人なのに台湾育ち!中国語が上手な理由
中間淳太さんの家族について、もう一つ注目したいのが母親の生い立ちです。
母親は日本人ですが、台湾で育ったことを中間さん自身が明かしています。
2024年のインタビューでも、台湾育ちの日本人である母親が台湾人の父親と結婚したと語っていました。
さらに2026年の台湾メディア「Onippon」のインタビューでは、母親が台湾で育った理由についても詳しく説明しています。
母方の祖父は台湾で会社を経営していた
中間さんによると、母方の祖父は日本人で、台湾で会社を経営していたそうです。
そのため、母親は幼少期から台湾で生活していました。
日本人でありながら中国語が流暢なのは、こうした生い立ちが関係しているようです。
中間さんは2026年のインタビューで、母親は日本語より中国語のほうが得意なくらいだと説明しています。
また、母親は台湾で父親と出会い、交際・結婚した後、一緒に日本へ戻ったそうです。
このように整理すると、中間さんの家族は両親が結婚する前から台湾と深いつながりを持っていたことがわかります。
なお、母方の祖父が経営していた会社の名前や規模については、公表されている情報を確認できませんでした。
父方と母方の祖父母はどう違う?
中間さんの家族のルーツは少し複雑なので、整理しておきましょう。
| 家族 | 確認できる情報 |
|---|---|
| 父方の祖父 | 台湾人 |
| 父方の祖母 | 台湾人 |
| 母方の祖父 | 日本人。台湾で会社を経営 |
| 母方の祖母 | 詳細は確認できず |
| 父親 | 台湾人 |
| 母親 | 台湾で育った日本人 |
ここで重要なのは、会社を経営していたと本人が説明しているのは母方の祖父だという点です。
父方と母方の情報が混同されやすいため、注意したいところですね。
中間淳太は台湾で6年間生活!何歳から住んでいた?
中間淳太さんは、小学4年生から中学3年生までの約6年間、台湾で暮らしていました。
父親の仕事の関係で移住したことを、2024年のインタビューで明かしています。
現地では日本人学校に通っていたそうです。
台湾は第二の故郷
中間さんは台湾について、もう一つの故郷という思いを語っています。
幼少期から祖父母が住む台湾を訪れていたため、移住が決まった際も楽しみだったそうです。
2024年のインタビューでは、台湾で過ごした思い出として以下のようなことを挙げています。
- 山に登って遊んだ
- 川でグッピーを捕まえた
- 公園の遊具で遊んだ
- 士林夜市によく足を運んだ
海外生活というと語学や文化の違いで苦労した印象を持つかもしれませんが、中間さんにとって台湾での生活は楽しい思い出が多かったようです。
参考:ライブドアニュース「WEST.中間淳太さんが台湾で過ごした日々の思い出トーク!」
日本に帰国後は関西のノリに戸惑った
一方で、台湾から日本に戻った後は、文化の違いに戸惑うこともあったそうです。
2025年10月21日放送の『上田と女がDEEPに吠える夜』では、関西独特のノリツッコミが理解できなかったと振り返っています。
周囲から話にオチがないと指摘されても、その意味がわからず、しばらく友達ができなかったといいます。
日本出身でありながら、長く台湾で生活していたことで、帰国後に文化の違いを感じたというのは興味深いエピソードです。
中間さんの日本と台湾、両方の文化に触れた経験が伝わってきます。
中間淳太は中国語と英語が話せるトリリンガル?
中間淳太さんは、日本語・中国語・英語の3言語に親しんできた人物としても知られています。
特に中国語については、台湾に住んでいた経験もあり、実際に現地メディアのインタビューでも使用しています。
ただし、3言語すべてが同じ水準で流暢というわけではないようです。
中国語は台湾へ移住する前から学んでいた
意外なことに、中間さんが中国語を学び始めたのは、台湾へ移住してからではありません。
2015年の『Myojo』インタビューによると、父親の意向もあって、日本にいるころから中華学校に通っていました。
入学当初はほとんど中国語を話せなかったそうですが、小学3年生までに話せるようになったといいます。
授業では算数も中国語で習っていたため、九九を中国語で覚えたという話もあります。
つまり、中間さんの中国語力は、単に台湾に6年間住んでいたことだけで身についたわけではないのです。
幼いころから中国語に触れられる教育環境が整っていたことも大きかったのでしょう。
英語は幼稚園から習っていた
中間さんは英語についても、幼稚園のころから習っていたと明かしています。
ただし、2020年の文化放送のインタビューでは、中国語は日常会話程度話せる一方、英語は教科書的な表現が中心になっていると説明していました。
さらに、時間があれば留学して語学力を高めたいとも語っています。
このことから、英語については本人も学び続けたいと考えていたことがわかります。
中国語と英語の能力について、何でも完璧に話せると断定するより、幼少期から複数の言語を学び、現在も活かしていると紹介するほうが正確でしょう。
台湾の英会話教室で驚かれたことも
2025年10月のテレビ番組では、台湾の英会話教室での体験談も語っています。
当時、日本人というだけで英語ができないと思われたことがあったそうです。
しかし、中間さんが英語で返答したことで、周囲が驚いたといいます。
このエピソードからも、中間さんが幼いころから英語を学んでいたことがうかがえます。
中間淳太の台湾愛がすごい!観光アンバサダーやガイドブックでも活躍
中間淳太さんは、台湾で育った経験を現在の芸能活動にも活かしています。
2025年には台北市観光アンバサダーに就任。
日本と台湾をつなぐ仕事がしたいという夢が実現したことを喜んでいました。
さらに2026年4月20日には、台湾の観光ガイドブック『中間淳太の満福台湾ガイド』を発売しました。
本人が企画段階から関わり、台北だけでなく台中・台南・高雄などの魅力も紹介しています。
単なる観光情報だけではなく、台湾で生活した経験を持つ中間さんならではの視点が活かされているようです。
また、2026年には台湾でファンミーティングも開催され、現地メディアの取材に中国語で対応する姿も紹介されました。
日本と台湾のハーフというルーツや、幼少期の経験が、現在の仕事につながっていることがわかります。
中間淳太のハーフに関するよくある質問
中間淳太は台湾人ですか?
父親が台湾人、母親が日本人のハーフです。
本人も日本と台湾のハーフであることを公表しています。
ただし、本人の法的な国籍については、今回確認した資料では明確になっていません。
中間淳太はクォーターではないのですか?
以前は本人もクォーターだと思っていたそうですが、父方の祖父も台湾人だったと判明したため、ハーフだと説明しています。
この話は2015年の『Myojo』インタビューで明かされました。
中間淳太の母親も台湾人ですか?
母親は台湾人ではなく、台湾で育った日本人です。
母方の祖父が台湾で会社を経営していたため、母親も台湾で生活していたといいます。
中間淳太の中国語はネイティブレベルですか?
中国語で会話やインタビューに対応していますが、本人が公式な語学試験の成績などでネイティブレベルと証明しているわけではありません。
2026年のインタビューでは、日本で中国語を忘れないように母親と会話するなど、語学力を維持する工夫についても話しています。
中間淳太には兄弟がいますか?
中間さんには3歳年下の弟がいます。
本人が2015年のインタビューで明かしています。
まとめ|中間淳太は台湾と日本のハーフ!クォーター説には意外な理由があった
今回は、WEST.中間淳太さんのハーフ説や両親の国籍、台湾での生活について紹介しました。
調査でわかったことをまとめます。
- 中間淳太さんは台湾人の父親と日本人の母親を持つハーフ
- 以前はクォーターだと思っていたが、父方の祖父も台湾人だったと判明した
- 母親は台湾で育った日本人で、中国語が堪能
- 母方の祖父は台湾で会社を経営していた
- 小学4年生から中学3年生まで約6年間台湾で暮らしていた
- 中国語は台湾へ移住する前から学んでいた
- 2025年には台北市観光アンバサダーに就任
- 2026年には台湾の観光ガイドブックも発売した
なかでも印象的なのは、本人も大人になるまでクォーターだと思っていたというエピソードです。
また、母親が台湾育ちの日本人であり、祖父の代から台湾と深いつながりがあったことも興味深いですね。
現在は日本と台湾、双方の文化を知る人物として、その経験を芸能活動にも活かしている中間淳太さん。
今後も台湾との交流を通じた新たな活躍が期待されます。
